【にこまんが過渡相】──だれも知らない、やさしい実験 第5回:偕成社:月刊MOE別冊コミックモエ5/4/6号掲載ENBAN USAGIの記憶
初めての商業誌掲載が残した、現在との接点。
描き続ける意味は、誰かのため————————
年に4回のペースで、同人誌即売イベント「コミティア」に参加して、もう10年近くになります。
来場者は毎回約2万5千人。その中で、私のブースに立ち寄ってくださるのは、だいたい10数人ほど。
そんな数年間のなかで、一度だけ、忘れられない出会いがありました。
ある方が、「ずっと『えんばんうさぎ』を探していて、やっと巡り合えました」と言ってくださったのです。
どこでこの作品を知ったのかたずねると、「コミックモエで読みました」とのこと。おそらく、30年近くの月日が経っての再会だったのだと思います。
ああ、こんな出会いもあるのかと──
感激すると同時に、深い感謝の気持ちが込み上げました。
その方は、以後も『にこまんが』を手にとってくださり、今も変わらず読んでくださっています。
いつの間にか、時間の向こうで読まれていた。
こちらが忘れていても、その軌道はにこまんがへと向かっていた。

コミック・モエ1988年10月号 月刊MOE1月号別冊 No.5
ちなみに、掲載のキッカケは当時編集長をなさってた松田素子さんが、日本漫画家協会賞受賞を知って気に入っていただき、掲載となったように記憶しております。

ミニブック:コミック・モエ1988年10月号 月刊MOE1月号別冊 No.5

掲載:コミック・モエ1988年8月号 月刊MOE8月号別冊 No.4

掲載:コミック・モエ1988年12月号 月刊MOE12月号別冊 No.6
※なお、:コミック・モエはNo.6(月刊MOE12月号別冊)まで隔月で刊行された後に一度休刊。その後別の雑誌になりました。
「えんばんいさぎ」最新作はBOOTHにて販売中です
よろしくお願いします。
ではでは

【にこまんが過渡相】──だれも知らない、やさしい実験 第4回:「答えのいらない場所に立っていた」──ENBAN USAGI、ある紹介文から
デジタルな記録の隙間から、アナログな答えが顔を出す
ずいぶん前のことになるけれど、『ENBAN USAGI』という小さな本を出したとき、勤め先の社内報に紹介してもらえることになった。
そのとき、仕事仲間だった親しいコピーライターくんに、ひとこと解説文を書いてもらった。
今思えば、それは思いがけない角度からこの本を見ていたように思う。
「答えをもたないことの身軽さ」「笑ってしまうような無表情」──そんな言葉が並んでいた。
当時は正直、自分の作品をどう“読まれた”のか、よくわからなかった。
けれど今になって、ふとその文を読み返すと、妙に身体に染みてくる。
答えを準備するのがあたりまえの場所にいて、問われる前に正しそうな反応を考えるようになっていた自分。
でも、『ENBAN USAGI』という本は、そこから少しはみ出した感覚で描いていた気がする。
考えるよりも、ただ“在る”こと。
何かの「意味」にすぐ回収されないものを、黙って浮かべる。
それが自然だと思えていた。
あれは、何かに「なる」前の、答えに向かわない時間を、ただ描いていたのかもしれない。
静かに、同じ場所に立っていた─ENBAN USAGIから、にこまんがへ
さて、いまは「にこまんが」を描いている。あの頃からずいぶん時間がたったけれど、振り返ってみると、たどってきた道は、案外まちがっていなかったのかもしれない。
ただ、これから先の道については──どうなんだろう。
ふと、また答えを出そうとしている自分に気づく。
むむ、おいおい、いかんいかん。
そうやって「正しさ」を急ぐクセが、いつのまにか戻ってきてる。
考えすぎず、まとめすぎず、「今、ここに居ること」を、まっすぐ描かなくては。
そう思い直す。

これは1988年頃掲載されたものです。写真は27歳の私(汗)
▶︎とくに広告という仕事などしていると「ところで君の意見は」という具合に、自分なりの見解を要求されることが多い。わかりません、で通用するほど、この世界は甘くない。そこで、どんな場合でも困らないように、あらかじめ答えを準備しておくようになる。この習慣が身につくと、今度は答えなくしては生きていけない体質になる。麻薬だ。
それにひきかえ、この『ENBAN USAGI』は健康体だ。結論漬けの僕たちを表情もなく笑殺する。ページをめくるうちに、や がて考えるのがバカバカしくなってしまう。
「答えという荷物をもたない身軽さ」。これが『ENBAN USAGI』の正体なんである。 ◀︎
(あー、また結論をつけようとしている!)
(コピーライター・テラダマサタカ=フリー)
そのENBAN USAGI2の制作プロセスか記事にしたのは本ブログのこちら
ではでは

【にこまんが過渡相】──だれも知らない、やさしい実験:第3回:GEOMETRICAL SMOKER 幾何学的漫画のその後
無生物にもある、一生の物語 — LIFEという幾何学の詩
GEOMETRICAL SMOKER 幾何学的漫画制作後…幾何学で生きものを描いてみたら、たしかに“いた”
その違和感で次作「LIFE」が生まれました。
解説文(添付したもの)
人の人生は、誕生して死ぬまでをいいます。 これをいろんなものに当てはめてみようと思ったのがこの漫画の始まりです。 生物だけに生きている時間というものあるのでしょうか? 無生物だからこそ、その存在の意味を問いたくなる、そんな気持ちもありました。 ここに描かれたものはまったく生とは関係ないものですが、その短くも美しく存在した 無生物あるいは、存在した「ある事」の一生を感じてください。

コピーライティングはGS同様TERADA氏
▼【注意】コマの見方は、上段左から横流れで観ます。
LIFE OF DROP
雫は一粒の魂、存在は湖面に落ちた波紋によって確認される。その存在価値に、雫本人は 何を見いだそうとしているのか?もし、雫が望むなら、誰かのために存在したかったと思 う。

copy:MASATAKA TERADA
LIFE OF ICE
氷の魂は実は熱い、しかし思いが熱いほど、自分を溶かしてしまう。押さえようのない思 いを抱えて、氷は一生懸命存在する。そして氷の魂は「気」となり自由の旅を始める。

copy:MASATAKA TERADA
LIFE OF NOW
すべての生き物が「今」を生きてます。その「今」は次の瞬間「さっき」になります。 「さっき」いずれ過去になります。後ろを見ればそうですが、前をみれば、未来がありま す。そして「今」やっぱりまた存在してます。生きるってやはり前みていくことですね。

copy:MASATAKA TERADA
このシリーズの動機は、「何もないコマで漫画を作る」でした。こういった実験はすでに赤塚不二夫先生が、かつてのギャグ漫画で、文字と絵を逆転したり、キャラを大きくしたり実験しています。それをリスペクトしつつ自分なりの話を描いてみたわけです。
LIFE OF SWITCH
役目ってありますね。スイッチは ON を OFF 繰り返す。人生に誰でも「役目」があるとす れば、スイッチは明快。ON を OFF をくりかえす生き方ですね。

copy:MASATAKA TERADA
2コマを初めて考えた記念すべき話。これで「にこまんが」を考えたわけではなく、ストーリーを極端に単純化する、無個性、などのまだ実験段階の状態です。
【GEOMETRICAL SMOKER→その後】
幾何学的画風でのイラストレーションスタイルで、書籍の装丁 など


井上宗迪氏 通勤電車で読む経済学入門. 西部透氏 マスコミ存亡論
企業広報誌に漫画連載など

無個性な絵と、余分なものを削ぎ落として、テーマだけで進めるストーリー展開の方法論は、その後「にこまんが」のベースになっていきます。
商業的な対価を必要とする表現方法も大事ですが、その逆をやってみる、極力自己満足にならないように…当時はそんなことを考えながら創っておりました。
ではでは

【にこまんが過渡相】──だれも知らない、やさしい実験:第2回:1990年コンピューターが描いたマンガを試みた。
まだAIが「想像」しなかった時代の、空想のしくみ。
1990年、機械の気持ちで描いた最初のマンガ体験。
ネットもSNSも携帯電話すらなかった当時、コンピューターが描いたマンガを作ってみたかった、広告代理店の新人デザイナーだった私は、虎視眈々と漫画広告を作るチャンスを窺っていた。そんなある日、タバコの会社が社名を変更して、企業広告にも力を入れてた状況の最中、そのスポンサーからコンペの依頼がきました。企業広告なので、社内でもコンペがあって、その会社の担当の端っこくらいで仕事していた私は、なんとかその末席に参加させてもらい、温めていた、漫画広告を提案。紆余曲折ありましたが、若者ターゲット漫画雑誌限定ということで、採用となりました。(かなり掻い摘んでますが)具体的な喫煙シーンが、漫画表現で曖昧だったのも採用要因だったような・・・
お得意の担当は同じ歳くらいの人で、会議も漫画話に花が咲くような感じで、漫画広告はタイムリーだったようです。今では、コンプライアンス問題になりそうな、タバコの広告ですが、喫煙シーン以外はほぼ自由にやらせてもらったので、かねてよりオールカラーのコンピューターが描いたようなデジタルな絵でやってみたわけです。言葉は当時一緒に仕事していた外部スッタフコピーライターのTERADA氏にお願いしました。
ウォーホルがカメラに委ねたように、線を機械に委ねてみた。
とにかく無個性な漫画にしたく、当時はPCもあまり普及(べらぼうに値段が高い時代で)していない頃なので、ラフで描いた絵を、定規でペンお越ししてもらって作画してます。(厳密にはコンピューターが描いた…ではないのですが、機械的に描いた…ということで)その創作コンセプトはアンディ・ウォーホルをリスペクトしてます。アンディ・ウォーホルが《エンパイア》で“カメラに撮らせる”という選択をしたように、私は、“描かせる”ことと、“無個性”に興味があった。ただし、絵の巧さや面白さを追求するためではなかった感じ…。
自分の中にある機械性を立ち上げて、装置に線を任せてみた、そんな空想のしくみでした。
※『エンパイア』(英: Empire)は、アンディ・ウォーホルの制作による1964年のモノクロ無声映画。
GEOMETRICAL SMOKER 表紙

掲載誌はヤングコミック雑誌だったにで、若者想定の丸、三角、四角の登場人物の悩みや、恋、をテーマにした青春物語にしてます。表現の核を読者に委ねるといった観点は、「にこまんが」流れに通じてる気もしてます。

copy:MASATAKA TERADA

copy:MASATAKA TERADA

copy:MASATAKA TERADA

copy:MASATAKA TERADA
この広告漫画は1年間続き、結構な作品数となったので、その後、まとめてみた訳です。表現を極端に単純化すると、テーマや設定、ストーリーが際立ってくるということがわかってきて、一般的な読み物漫画のストーリーや設定の作り方の逆の表現もあるような気がしてきたのもこの作業のおかげです。▶︎この漫画制作をステップに次に作る漫画がまたあります。・・・では次へ
▶︎制作後日談として…数年のちに、会社でもMAC導入が進み、念願のコンピューター漫画を作っては(同じ幾何学キャラ)みたものの、手でラフを描き、定規で線お越ししたもの方が、絵的に完成度があり、結局無個性コンセプトに矛盾が生じてしまいました。今流行ってるAI生成絵に同じ違和感を抱くのも、早々とやっていたという話でした。
【注意】この本は非売品なので、ご覧になりたい方は、同人誌即売会「コミティア」にて「えんばんうさぎ」ブースをお尋ねください。私は常時持ってきてますので、その場でご覧いただけす。
【にこまんが過渡相】──だれも知らない、やさしい実験:第1回:「えんばんうさぎ」から始まった、まんがの深呼吸
誰も検索しなかったうさぎ──
いまふたたび浮上する、言葉にしづらい余白の手ざわり
はてなブログ過去の掲載
「にこまんが」以前の作品で、今も描き続けてる「えんばんうさぎ」ですが、今回は以前の記事のエビデンスとなる、日本漫画家協会賞受賞の会報誌記事を掲載させていただきます。
1985年の受賞なので、当時はネットやSNS、携帯電話すらもない時代で、公式発表は新聞記事だけでした。今、65歳にして今の時代的に、当時20代の自分にSNSで発表してあげる…そんな感じです。
第14回日本漫画家協会賞優秀賞受賞「ENBAN USAGI」足立紀史


審査員の先生方のコメントですが、久里洋二先生と竹宮惠子先生のコメントをテキストアップしました。久里先生に推していただいたようで、感謝しております。
コメントにもありますが、私今だに描いておりますと、昨年新作のえんばんうさぎの本をお送りしましたら、「覚えてます、頑張ってください」と返事をいただき、大変励みになりましたが、2024年11月24日に96歳で他界され、とても残念です。謹んでご冥福をお祈りします。

■久里 洋二先生
「ENBAN・USAGI」は、音のない漫画、グラフィック的でスッキリした線と色、調和もいいし構図もいい。うさぎ君のすっとぼけたキャラクターは現代を感じる。ちょっと見ると外国漫画家が描いたようにもおもわれるが、すべてバタ臭い日本のこと気にする問題ではないと思う。アイデアーはあまり深みはないが、♪それが、かえって判りやすく、面白い。空飛ぶ円盤を使っての画法はこころにくい。でも、この技法は何十年も続けて行くには限界があるように思うが、そんなことはどうでもいいのかもしれない。近頃の漫画の本を見ても、薄汚くて見る気にもなれないほど、絵が下手であきあきするが、沢山の漫画の中で、足立紀史君の漫画はスキッとした飲料水を飲むようで気持がいい。これからも、こういう漫画が出てこないと世界の漫画家から笑われるだろうな。
■竹宮 恵子先生
初めて選考委員に加えて頂き、日頃あまり目にしていない分野の作品を他数拝見しました。少女漫画・少年漫画しか見ていない私の目で、どれほど選考のお役に立てたかはわかりませんが、漫画の基本はエンターティメントだと考えれば、その分野を熟知していない人をも楽しませてくれる作品がべストなのだと思い、選考させて頂きました。「ENBAN・USAGI」が選考にはいった始めから委員の中でも評判で、割合早く決められました。近頃なかった素朴な味だと思います。大人の漫画の作家さん達は、とにかく皆、抜群の絵画力なので驚きました。
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ENBAN USAGIはその後も、ENBAN USAGI2の発刊
そして、今日の「にこまんが」のベースとなるスタイルを確立しつつ、今も描き続けております。途中商業雑誌に取り上げられましたが、その話は後日。
ではでは

にこまんがブログ、はてなに完全移転!──「研究所」から深掘りする創作の魅力
はじめまして、または、こんにちは。
あだちのりふみです。
このたび、gooブログのサービス終了に伴い、これまでの活動の場を**「はてなブログ」に引っ越すことになりました。そしてこの新たなブログには、あらたに「にこまんが研究所」**というタイトルを掲げ、心機一転、活動を再開してまいります。
■ にこまんが研究所とは?
このブログは、私の創作である「にこまんが」に関するあらゆることを掘り下げ、広めていくための“研究所”です。
作品の背景や制作エピソード、キャラクターについての考察、時には創作の裏話まで、さまざまな角度から「にこまんが」を見つめ直し、読者の皆さんと共有していきたいと思っています。
■ noteとの連携について
なお、これまでの「にこまんが」関連の記事は、noteブログにて引き続きバックアップ・公開してまいります。
noteではより手軽に読める形で、「にこまんが」の世界に触れてもらえるよう工夫していく予定です。
リンクなども適宜、両ブログで行き来できるよう整備していきます。
■ 最後に
創作活動において、「にこまんが」は私にとって大切なテーマであり、探求の対象でもあります。
これからも「にこまんが」が、読んでくれた誰かの心にほんの少しでも何かを灯すような、そんな存在になれたらと願っています。
今後とも、よろしくお願いいたします。
2025年5月17日 あだちのりふみ
